私たちが日々の生活の中で行う行動や選択の背景には、必ず「欲求」が存在しています。
食事や睡眠などの生理的な欲求から、仲間や社会とのつながりを求める欲求、そして自分らしい生き方を追求する自己実現欲求まで、段階的な動機づけが存在するとマズローは説きました。
このマズローの欲求5段階説は心理学の枠を超え、ビジネスやマーケティング、人材育成の現場でも幅広く応用されています。
たとえば、消費者ニーズの分析や広告戦略の立案、従業員のモチベーション管理など、現代社会における実践的なツールとして活用されているのです。
本記事では、マズローの欲求5段階説の基本的な考え方から、拡張理論や批判的視点、さらにビジネスでの活用方法までをわかりやすく解説していきます。
マズローの欲求5段階説とは

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アブラハム・マズローと人間性心理学
アブラハム・マズロー(1908-1970)はアメリカの心理学者で、人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)の生みの親と言われています。
当時の心理学界は、フロイトの精神分析学と行動主義心理学が主流でしたが、マズローはこれらとは異なる「第三の心理学」として人間性心理学を提唱しました。
人間性心理学は、主体性・創造性・自己実現といった人間の肯定的側面を強調した心理学の一分野です。
マズローの欲求5段階説
1943年、マズローは論文「A Theory of Human Motivation(人間の動機に関する理論)」を発表し、その中で「欲求階層理論」を初めて提示しました。
この理論が後に「マズローの欲求5段階説」として様々な分野で活用されるようになりました。
人間は、「生命の維持に最低限必要な物質を欲する」という低次の欲求から、「自己実現」といった高次の欲求まで、段階的に成長していくという理論です。
マズローの欲求5段階の各階層を解説

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ここでは、マズローの欲求5段階説が示す5つの階層について、詳しく説明していきます。
生理的欲求(Physiological Needs)
ピラミッドの最下層に位置するのが 生理的欲求 です。
これは人間が生命を維持するために必要な最も基本的な欲求で、次のようなものがあります。
・食欲や水分補給
・睡眠や休息
・呼吸
・排泄
・性的欲求
例えば、空腹や極度の睡眠不足の状態では、他の欲求を考える余裕はなくなり、まずは生きるための条件を整えることが優先されます。
現代社会では食料や住環境が整っているため、ある程度満たされている人が多いですが、健康管理や生活リズムの乱れによって不安定になることもあります。
安全欲求(Safety Needs)
生理的欲求がある程度満たされると、人は 安全欲求 を求めます。
これは「安心して生きられる状態」を求める欲求であり、以下のような要素を含みます。
・健康を守るための医療や予防
・災害や事故からの防御
・経済的な安定(収入・貯蓄・職業の安定など)
・住居や衣服による安全な生活環境
たとえば、安定した仕事を得たい、保険に加入して将来に備えたい、という行動は、安全欲求に基づいています。
逆に、経済的に不安定な状況では、承認や自己実現を追求するよりも、まず生活基盤を整えることに意識が向かいやすいです。
社会的欲求(Social Needs / Belongingness and Love Needs)
安全が確保されると、社会的欲求 を求めるようになります。
これは「他者とのつながり」や「集団への所属」に関する欲求です。具体的には次のようなものです。
・家族や友人との愛情関係
・恋愛やパートナーシップ
・職場や地域コミュニティでの人間関係
・趣味のサークルやチーム活動
孤独感や疎外感は、この欲求が満たされていないサインです。
現代社会では、SNSなどを通じて人とのつながりを得やすくなった一方で、リアルな人間関係の希薄化が課題となっています。
社会的欲求は、人間が心理的な安定を得るために、欠かせない段階といえます。
承認欲求(Esteem Needs)
次の段階は 承認欲求 です。
これは「他者から認められたい」「自分の価値を実感したい」という欲求で、以下の二つに大別されます。
・他者からの承認:尊敬されたい、地位や名誉を得たい、成果を評価されたい
・自己承認:自信を持ちたい、自分の能力を認めたい
SNSでの「いいね」やフォロワー数の増加、職場での昇進や表彰などは、承認欲求に関係しています。
承認欲求はモチベーションの源泉となる一方、他者からの評価に依存しすぎると、ストレスや自己肯定感の低下につながるリスクもあります。
自己実現欲求(Self-Actualization Needs)
ピラミッドの最上位に位置するのが 自己実現欲求 です。
これは「自分の能力や可能性を最大限に発揮し、理想の自分を実現したい」という欲求です。
代表的な例としては以下のようなものがあります。
・才能を活かした創造活動(芸術・研究・発明など)
・自分らしいキャリア形成
・社会貢献活動やボランティア
・趣味やライフワークを追求すること
自己実現欲求は、人によって形が大きく異なります。
芸術家にとっては作品の創作、ビジネスパーソンにとっては新規事業の立ち上げ、家庭人にとっては家族との豊かな生活などです。
重要なのは「自分にとって価値があるかどうか」という点です。
マズローの欲求5段階の性質による分類

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マズローの欲求5段階説は、単に下位から上位へと向かうだけでなく、その性質によっても分類することができます。
これにより、人間の行動の背景を、より多角的に理解できるようになります。
欠乏欲求(Deficiency needs)と成長欲求(Growth needs)
マズローは欲求を大きく「 欠乏欲求」と「成長欲求」の2種類に分けました。
欠乏欲求:
生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求の4つが該当します。
「不足しているからこそ満たそうとする欲求」であり、満たされれば一時的に消失します。
成長欲求:
自己実現欲求が該当します。
「不足しているというよりも、より高みに到達したい」という前向きな欲求です。
満たしても終わりはなく、次の挑戦や学びへとつながります。
この分類は、人材育成やキャリア設計を考える上でも重要です。
欠乏欲求が満たされていない人にいきなり自己実現を求めても難しいため、まずは安心できる環境や承認を整えることが大切です。
外的欲求または内的欲求
欲求の動機づけの源泉が「外部にあるか」「内面にあるか」で区別することも可能です。
外的欲求:
社会的欲求や承認欲求の一部が該当します。
他者からの評価や集団への帰属といった「外部の環境や他者との関わり」に依存しています。
内的欲求:
自己実現欲求など、自分の内なる動機に基づくものです。
「本当にやりたいこと」「自分らしい生き方」といった欲求がここに含まれます。
企業におけるモチベーション施策では、外的報酬(給与・肩書き)だけに依存すると長続きしないと言われています。
むしろ内発的動機づけをいかに引き出すかが、持続的な成長を実現する鍵となります。
物質的欲求または精神的欲求
さらに欲求の対象が「物質的か」「精神的か」という観点でも整理できます。
物質的欲求:
食事・住居・安全など、目に見える形で満たされる欲求。生理的欲求や安全欲求が代表的です。
精神的欲求:
愛情、承認、自己実現など、心や意識の充足を目的とする欲求。社会的欲求から上位の階層が主に該当します。
現代社会では物質的欲求が満たされやすいため、精神的欲求の重要性が増しています。
このように、マズローの欲求は「段階」という縦軸だけでなく、「性質」という横軸でも分析できます。
これにより、人間の行動をより多面的に理解でき、ビジネスや人材育成の現場でも応用しやすくなります。
マズロー5段階説の拡張

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マズローの欲求5段階説は非常にわかりやすく、多くの分野で引用されてきました。
晩年の著書やその後の研究でマズローの欲求5段階説の拡張となる理論が提示されているので、ご紹介します。
6段階目「自己超越の欲求」
マズローは晩年、自己実現の先にある 「自己超越(self-transcendence)」 という概念を提唱しました。
これは「自分自身を超えて他者や社会、さらには宇宙的な存在に奉仕する欲求」を指します。
具体例としては、以下のような行動が挙げられます。
・ボランティア活動や社会貢献
・芸術や宗教、哲学的探求への没頭
・次世代への教育や知識の伝承
自己超越は「自分の幸せ」から「他者や社会の幸せ」へと関心が広がる段階であり、スピリチュアルな領域やリーダーシップ論でも注目されています。
「7段階説」としての「認知欲求」と「審美的欲求」の位置づけ
マズローが著した「人間性の心理学」という本の中では、5つの欲求に加えて「認知欲求」「審美的欲求」の2つの欲求が解説されています。
認知欲求(Cognitive needs):
知識を得たい、理解を深めたいという知的探究心です。
審美的欲求(Aesthetic needs):
美しさや調和を求める欲求で、芸術や自然への関心がこれに当たります。
心理学の教科書として有名な『ヒルガードの心理学』では、これらは「承認欲求」と「自己実現欲求」の間に位置づけられています。
ビジネスやマーケティングでの活用例

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マズローの欲求5段階説は、心理学の枠を超えて ビジネスやマーケティング、人材育成 など幅広い領域で活用されています。
人間の欲求を理解することで、消費者ニーズの分析や商品開発、従業員のモチベーション管理などに役立てることができます。
ここでは代表的な応用例を見ていきましょう。
消費者ニーズ分析・商品開発
マーケティングにおいて、顧客の欲求を理解することは極めて重要です。
マズローのモデルを活用することで、商品やサービスが「どの階層の欲求を満たすのか」を明確にできます。
・生理的欲求:食品、飲料、衣類、住居など、生活の基盤を支える商品。
・安全欲求:保険、セキュリティサービス、耐震住宅、健康管理アプリなど。
・社会的欲求:SNS、オンラインコミュニティ、ファンクラブ、シェアリングサービス。
・承認欲求:ブランド品、高級車、資格取得、SNSでのフォロワー獲得支援ツール。
・自己実現欲求:自己啓発セミナー、クリエイティブ学習サービス、副業・起業支援。
こうした視点を持つことで、単なる機能的価値ではなく「顧客の心理的欲求を満たす商品設計」が可能になります。
事業やサービスに当てはめる方法
新規事業やサービス開発においては、「自社の提供価値がどの欲求階層に対応しているか」を整理すると、ターゲット戦略が明確になります。
例えば
フィットネスジム → 「安全欲求」(健康維持)+「承認欲求」(体型改善による評価)+「自己実現欲求」(理想の自分になる)
教育サービス → 「社会的欲求」(学び合う仲間)+「承認欲求」(資格やスキルの証明)+「自己実現欲求」(キャリアアップ)
このように、複数の階層を組み合わせることで、サービスの差別化や顧客ロイヤルティの向上につながります。
市場調査・マーケティング施策事例
マーケティング施策では、マズローの理論をフレームワークとして使うケースがあります。
広告コピーの作成:
生理的欲求に訴えるなら「おいしい」「快適」、承認欲求なら「あなたらしさを表現できる」、自己実現なら「夢を叶える」など、階層ごとに言葉を変える。
市場セグメントの分析:
若年層は「社会的欲求」「承認欲求」に敏感である一方、中高年層は「安全欲求」や「自己実現欲求」に注目しやすい。
プロモーション戦略:
ブランド価値を訴求する商品は承認欲求層をターゲットに、教育サービスや副業支援は自己実現欲求層をターゲットにする。
このように、「どの欲求にアプローチするか」を明確にすることで、広告や商品設計の一貫性が生まれ、成果につながります。
人材育成やキャリア形成での応用

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マズローの欲求5段階説は、消費者理解や商品開発だけでなく、組織内での人材育成やキャリア形成 にも大きく役立ちます。
従業員がどの欲求段階にあるのかを把握することで、適切なサポートや動機づけが可能となり、モチベーションの向上や離職防止、さらには生産性の向上につながります。
従業員のモチベーション
職場におけるモチベーションは、マズローの階層ごとに異なる要因によって影響を受けます。
・生理的欲求:給与・福利厚生・休暇制度など、生活を支える基盤。これが満たされなければ、従業員は安心して働けません。
・安全欲求:安定した雇用、労働環境の安全性、将来のキャリアの見通し。安心感がなければ次の段階に進むことは難しいです。
・社会的欲求:チームの一体感や職場での人間関係。信頼関係の構築が、従業員の帰属意識や協調性を高めます。
・承認欲求:評価制度や表彰制度、昇進などによる承認。上司や同僚からのフィードバックも強い動機づけ要因になります。
・自己実現欲求:挑戦的なプロジェクト、キャリアアップ、専門性の追求など。自分の能力を最大限に発揮できる環境が必要です。
このように、モチベーションの源泉は階層によって異なるため、一律の施策では効果が出にくいのが実情です。
欲求段階に応じた効果的なアプローチ
人材育成やキャリア支援を考える上では、従業員がどの欲求段階にいるかを見極め、それに応じたアプローチを取ることが重要です。
新人社員(下位欲求が中心)
安心して働ける環境や丁寧なOJTを重視。給与や休暇制度などの基盤を整えることが最優先。
中堅社員(社会的欲求・承認欲求が中心)
チームでの役割、責任ある仕事、成果に応じた評価を提供。自己効力感やキャリアの方向性を感じられるようにする。
リーダー層・管理職(承認欲求〜自己実現欲求が中心)
自己成長や挑戦的な課題、裁量権の拡大を重視。組織への貢献と自己実現の両立がモチベーションの鍵となる。
こうしたステップに応じた施策を実行することで、従業員の定着率が向上し、組織全体のパフォーマンスも最大化されます。
まとめ

参照:FREEPIK
マズローの欲求5段階説は、人間の行動を理解するための基本フレームワーク として、心理学だけでなくビジネスや教育、マーケティング、人材育成など幅広い分野で活用されています。
特に、現代の成熟した社会では物質的欲求が満たされやすくなっており、承認欲求や自己実現欲求の重要性が高まっています。
そのため、企業や個人にとっても「内面的な動機づけ」を重視することが成果につながる大きなポイントとなります。
マズローの理論は「絶対的な答え」ではなく「人間理解のための道具」として使うのが適切です。
シンプルながらも応用範囲が広いため、自己成長や組織づくりのヒントとして活用できます。
ビジネスに応用したい方は、自社の商品やサービスがどの階層に当たるか整理してみましょう。

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